「雨乞い神事」で使われていた『竹筒』(上田市 山家神社)

おお、ついに見ることができました。「雨乞い神事」で使われていた『竹筒』です。

〜山家神社 平成の大改修記念誌より〜

昇天が続くと、近辺の村々の人達は本社に参詣し、雨乞いの祈祷を受ける。それより四阿山の奥社に登参し、頂上より一メートル余り下の上州側にある御神水を竹筒に汲み、四、五尺位の竹竿の先につるして、四キロメートル程を一気に駆け下る。途中に待ち構えている中継の若者二人は、この御神水を受け取り直ちに駆け出し、次の中継者に渡す。これを繰り返して自分の村の氏神の神前に御神水を供え、雨乞いの祈祷をし、最後に御神水を境内にまく。霊験あらたかで、たちどころに雨が降ったと云われている。この時、途中で休むと、そこに雨が降ってしまい、自分の村には降らないと云う。

神社の古い日記にも雨乞い神事を行った記録がありましたが、現代は灌漑施設がしっかりしているので、もう長い間「雨乞い神事」は行われていません。しかし、上田市真田町は嬬恋村と違って降水量の少ない地域だったことには違いなく、真田町の神川には「吉田堰」という大きな堰があり、養老元年(717)、或いは奈良時代後期か平安時代初期から利用が始まったと伝わっています。吉田堰の水は真田町はおろか、上田市や東御市にも引かれ、昭和30年代前半には500haの田畑を潤していたそうです。そして昔から、吉田堰の恩恵を受けていた人々は、水の神・四阿山の信仰は深かったそうです。

上田市 こども自然電子図鑑 川と私たち 吉田堰のページ
http://edu.umic.jp/kawa/segi/r-yoshida.html